2013年 08月 31日

風ぐるま 2013

サックスとピアノと歌によるトリオ・風ぐるま。
今年はライヴ感覚、100席の小さな空間での公演です。

このユニットのプログラムは、バロックと、現代曲という取り合わせ。
今回もパーセル、バッハそして、永瀬清子の詩による高橋悠治新作、
加えてギリシャの作曲家ハジダキスのピアノソロと歌など。

パーセルの「ひとときの音楽 Music for awhile」をリハーサルでやってみた。
時を刻むようなサックスのグラウンド・ベース。
その上をピアノが
鳥のように、蜘蛛の糸のように
からまりながら遊ぶ。

何度歌ったかわからないこの曲。
これまで知らなかった横顔に会ったのでした。


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# by hatano-mutsumi | 2013-08-31 22:27 | コンサート
2013年 08月 20日

秋が立つと

ある集まりに行く、するとそこにいてもいいはずの人の姿がなくて
いないことを強く感じさせられる、そういうときがある。

英詩によく使われる単語には「困りもの」がいくつかあるのだが、
「いないこと」を意味する「absence」はその代表だ。
どうにも訳しにくい。

詩を訳す際には出来るだけ漢語ではなく、やまとことばにしたいと思っている。
コンサートのパンフレットでも、CDのブックレットでも
一読で全体の意味の流れがわかって、かつ、声に出した際に滑らかでありたい。
もちろん、謎のような詩はそのままにするしかないし、
わかりやすくすることをよしとしない曲も多々ある。

この「absence」、出てくるたびに、煮詰まってしまう。
直訳では「不在」だけれど、その意味をやまとことばにして行の中に溶かす作業が
私にはとても難しい。

擬人化されたスタイルの中で歌うことには、ずいぶんと慣れた。
詩の中ではよく「悲しみ」も「涙」も人形<ひとがた>をとっている。
「不在」もそう。

訳すたびに格闘しているこの単語。
この夏、ある人の形をして、静かに存在していた。

# by hatano-mutsumi | 2013-08-20 22:30 | エッセイ
2013年 07月 27日

甘酒のみ

熱しやすく、冷めやすい性格です。
現在の熱は「甘酒」。

昔よく祖母が「甘酒よ〜」とうれしそうに作ってくれていた。
その頃は全く好きなものではなかったが、
そのことは祖母に言えなかったので、
「身体にいいんやな〜」と返事をしながら、必死に飲み干していた。
いま味わったら美味しいだろうなあ。
ひとの味覚って、変わるものだ。

昨年の秋だったか、寒い日に新潟の甘酒が送られてきて、
それ以来甘酒ブーム。
最近ではほぼ毎日飲んでいる。
暑くなるほどに身体が欲するので、不思議だったけれど
意外なことに、本来は夏の飲み物らしい。
冷やし甘酒もいけるそうだが、わたしはやっぱりホットが好き。

抜群に美味しい「手前味噌」をくれる友人がいて、
売ってる味噌はもう食べられないなと思う。
甘酒も「手前」はきっと格別だろうけど、
あの祖母の味を、舌は覚えているだろうか。

# by hatano-mutsumi | 2013-07-27 23:05 | エッセイ
2013年 07月 21日

旬のもので 11

先日うかがった新潟・長岡は、日本酒はもちろんのこと
枝豆やなすが本当に美味しかった。
「おつな姫」という枝豆を購入して帰り、シャンパン、ビールと。。。福。

食鮮市場で見たなす売り場には、目移りするほど品種がそろってて
まん丸なのから、小ぶりできゅっとしまったのまで、どれも可愛かった。
 
トルコ料理店で必ず注文する、なすのサラダ。
サラダというより、ペーストです。
家で作る場合の簡単レシピ。

好きなタイプのなすをグリルなどで焼く。
まんべんなく黒くなるまで焼くのがポイント。
紙袋に入れて口をとじ、15分ほど置く。皮がむきやすくなります。
フォークの背でよくつぶす。
オリーブオイル、おろしにんにく、塩、水切りしたヨーグルト少し、パセリを加える。
お好みでクミンパウダーを加え、冷蔵庫に。

盛りつけたら再度オイルをかけまわし、オリーブの実、ナッツ、パセリを飾り
できあがり!
パンと一緒にいただきます。
夏ですね〜。

# by hatano-mutsumi | 2013-07-21 20:00 | エッセイ
2013年 07月 07日

真夏の夜のダウランド

ダウランドのコンサート、来月3日の夜だ。

8月の暑さと、メランコリーの作曲家。
ミスマッチのようでいて、なんだかオツだ。
これまでリュートソングのソロ曲として歌ってきたものも
4つの声で歌えるのが楽しみ。

ダウランドの歌曲集は4冊出版された。
当時の譜面で面白いのは、見開きのページを4人の歌手が共有できること。
つまり、ひとつの楽譜をテーブルに開き、それを
4方向からのぞきこめるよう、4声のパート譜が印刷されているのだ。
現在の重唱の譜面では、すべてのパートがたてに並んでいるが
当時の譜面では他のパートが何をやっているか、一瞬で確認するのは無理。

人前での演奏より、皆で楽しむための音楽だったということが
このことでよくわかる。

現在の一般的なコンサートホールでは、テーブルを囲むような配置で
歌手が並んで歌うことはなかなか出来ない。
誰かが観客に背中を向けることになるからだ。

数年前にダウランドのアルバムをドイツグラモフォンから発表したスティング。
20年の思いが結実したアルバムだそうです。
「ひとり4重唱」やってました。DVDだと、スティングが4人!
目にはうれしかったけど、
でもやっぱり重唱するなら、違う声と遊びながらやるのが楽しいよ〜。

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# by hatano-mutsumi | 2013-07-07 23:13 | コンサート