カテゴリ:エッセイ( 53 )


2014年 03月 28日

ブログひっこしです

ホームページの開設にともなって、ブログのアドレスも変更されました。

http://www.hatanomutsumi.com

これからもちょくちょくのぞいてください。

桜も咲きましたね。
良い春をおすごしになれますよう!        波多野睦美

by hatano-mutsumi | 2014-03-28 09:12 | エッセイ
2014年 03月 21日

この季節

晴れた!春の朝。
窓から見える富士山が真っ白で美しい。
この季節、なにがうれしいと言って、花です。

香りはフリージア。
目に嬉しいのはミモザ、小手毬、雪柳、山吹、大島桜。
触りたくなるのは、白木蓮。

先日行った沖縄では、同じホテルに何泊もしたので
地元の花屋さんに花を買いに行った。
そこはまるで「蘭」の店。
沖縄では特別なことではないそうですが、蘭の専門店かと思うほど
たくさんの種類の蘭であふれていた。
沖縄の品種を3輪、手にいれ、別れがたくて東京まで持ち帰り。

お知らせです。
このブログはホームページの開設に合わせて引越しします。
来週24日から。
 

by hatano-mutsumi | 2014-03-21 10:55 | エッセイ
2014年 03月 17日

秘話の宝庫

タクシーに乗ると運転手さんが色々珍しい話を聞かせてくれる。
特殊な業界の裏話やら、タクシー業界の在り様など
「ほお〜」とか「ひえ〜」とか連発してしまうことが多い。

たった15分の間に波瀾万丈の半生をダイジェストで聞いたこともある。
神戸で震災にあわれた方だった。
「今が一番楽しいよ!」とおっしゃっていた。

最近のヒットは乗客に関するもの。
聞かせてくれたのはこちらと同年代の運転手さんだった。

ある深夜、新宿で巨漢の外国人と通訳のふたり連れを乗せたそうだ。
「どこか思い切り声が出せるところに」との希望で
「ではレインボーブリッジのたもとは?」と提案したところ
「それはいい!」となり、夜中の2時に橋のたもとに向かった。
到着すると巨漢の男性は朗々とした声で歌い始めた。
その声の力強さ、美しさが尋常ではなかった。

周囲で仮眠をとっていたダンプの運転手など色んな人々が
声に驚いて顔を出し、1曲終わるごとにやんやの拍手。
男性はパヴァロッティだった。
声に呼ばれたように月がレインボーブリッジの上に浮かんでいたそうだ。

運転手さんは「記念に」と白いハンカチをもらったとおっしゃってました。

by hatano-mutsumi | 2014-03-17 20:20 | エッセイ
2014年 02月 04日

はまりもん

好きなことが仕事になってしまったこともあり、
この歳までいわゆる趣味というものがなかった。
ところが、1年ほど前からある方に「句会にこない?」と誘われて、
創作なんて絶対無理です!と答え続けていたが、
昨年の9月につい出かけてしまった。句会に。
秋のコンサートシーズン用の譜読み、そのあまりのヘビーな量と内容に
現実逃避を起こしたのである。
とにかく音楽以外のことを考えたかった。

あれは、9月とはいえ日差しの強い晴れた日だった。
10人ほどの人が集合するなり、宗匠は
「では今日は吟行にしましょうか。1時間半後に3句作って再集合ね」
と言い放たれ、それから皆さん近隣の広い公園に散っていったのである。

私は俳句に関しては宗匠の御本を2、3冊読んだだけ、という
蚤のような知識量で参加し、パニックを起こした。
“ギンコー”ってなんだっけ?!
というくらいのもんである。

あまりの緊張に、吐きそうになった半日。
しかし、
そぞろ歩いて五感に受けたものを詠むという時間、
その後の「選評」の時間に、
普段とは全く違う身体の感覚、言葉への感覚を呼び起こされ、
緊張からの強烈な疲労を凌駕して、結果「楽しさ」だけが心身に残ったのでした。
疲労は激しかったですね。
翌日は「知恵熱」ならぬ「俳句頭痛」を起こしたくらい。

先日は俳人の堀本裕樹さんのラジオ番組にも出てしまい、
俳句やってます、とカミングアウトしてしもた。
この冬も何日も寝込んだが、その間もベッドで俳句、作ってたな。
今日のお気に入り。

 いま一つ椿落ちなば立ち去らん___松本たかし

by hatano-mutsumi | 2014-02-04 20:04 | エッセイ
2014年 01月 06日

お節の慶び

新年あけましておめでとうございます。
2014年がみなさまにとって健やかな良い年となりますように。

今年は大分に帰省せず、2年ぶりに東京での年越しでした。
元旦にご挨拶にうかがったお宅のお節料理で、
あらためて「だしの力」というものに感嘆・・・。
それはもちろん、料理をなさった方の素晴らしい腕と
「おせち料理」に対する思いの深さがあっての味でした。

旨味が素材を一色に染めてしまうのではなく、
野菜ひとつひとつの味が浮き上がってくる「だし」。
そのお宅ではお煮染めは、野菜を一種類ごとにたくそうです。
色んな旨味が渾然一体となるお煮染めも好きですが、
私は日頃から素材1種類の料理が好きなようで、
それはその料理を作った方も同じだとおっしゃってました。

もうとにかく、うまかった〜。しみました。滋養。ほとんど慈養。

実家のだしは、椎茸・昆布・いりこが主。
やはりこの3種に身体がなじんでいるのを年とともに感じます。
母のお節は素朴で、まろい味。
今年は、これまでなんとなく「敷居が高い」と感じていた「だし」世界に
入ってみようかな。

by hatano-mutsumi | 2014-01-06 12:07 | エッセイ
2013年 08月 20日

秋が立つと

ある集まりに行く、するとそこにいてもいいはずの人の姿がなくて
いないことを強く感じさせられる、そういうときがある。

英詩によく使われる単語には「困りもの」がいくつかあるのだが、
「いないこと」を意味する「absence」はその代表だ。
どうにも訳しにくい。

詩を訳す際には出来るだけ漢語ではなく、やまとことばにしたいと思っている。
コンサートのパンフレットでも、CDのブックレットでも
一読で全体の意味の流れがわかって、かつ、声に出した際に滑らかでありたい。
もちろん、謎のような詩はそのままにするしかないし、
わかりやすくすることをよしとしない曲も多々ある。

この「absence」、出てくるたびに、煮詰まってしまう。
直訳では「不在」だけれど、その意味をやまとことばにして行の中に溶かす作業が
私にはとても難しい。

擬人化されたスタイルの中で歌うことには、ずいぶんと慣れた。
詩の中ではよく「悲しみ」も「涙」も人形<ひとがた>をとっている。
「不在」もそう。

訳すたびに格闘しているこの単語。
この夏、ある人の形をして、静かに存在していた。

by hatano-mutsumi | 2013-08-20 22:30 | エッセイ
2013年 07月 27日

甘酒のみ

熱しやすく、冷めやすい性格です。
現在の熱は「甘酒」。

昔よく祖母が「甘酒よ〜」とうれしそうに作ってくれていた。
その頃は全く好きなものではなかったが、
そのことは祖母に言えなかったので、
「身体にいいんやな〜」と返事をしながら、必死に飲み干していた。
いま味わったら美味しいだろうなあ。
ひとの味覚って、変わるものだ。

昨年の秋だったか、寒い日に新潟の甘酒が送られてきて、
それ以来甘酒ブーム。
最近ではほぼ毎日飲んでいる。
暑くなるほどに身体が欲するので、不思議だったけれど
意外なことに、本来は夏の飲み物らしい。
冷やし甘酒もいけるそうだが、わたしはやっぱりホットが好き。

抜群に美味しい「手前味噌」をくれる友人がいて、
売ってる味噌はもう食べられないなと思う。
甘酒も「手前」はきっと格別だろうけど、
あの祖母の味を、舌は覚えているだろうか。

by hatano-mutsumi | 2013-07-27 23:05 | エッセイ
2013年 07月 21日

旬のもので 11

先日うかがった新潟・長岡は、日本酒はもちろんのこと
枝豆やなすが本当に美味しかった。
「おつな姫」という枝豆を購入して帰り、シャンパン、ビールと。。。福。

食鮮市場で見たなす売り場には、目移りするほど品種がそろってて
まん丸なのから、小ぶりできゅっとしまったのまで、どれも可愛かった。
 
トルコ料理店で必ず注文する、なすのサラダ。
サラダというより、ペーストです。
家で作る場合の簡単レシピ。

好きなタイプのなすをグリルなどで焼く。
まんべんなく黒くなるまで焼くのがポイント。
紙袋に入れて口をとじ、15分ほど置く。皮がむきやすくなります。
フォークの背でよくつぶす。
オリーブオイル、おろしにんにく、塩、水切りしたヨーグルト少し、パセリを加える。
お好みでクミンパウダーを加え、冷蔵庫に。

盛りつけたら再度オイルをかけまわし、オリーブの実、ナッツ、パセリを飾り
できあがり!
パンと一緒にいただきます。
夏ですね〜。

by hatano-mutsumi | 2013-07-21 20:00 | エッセイ
2013年 06月 01日

ものんくる

「飛ぶものたち、這うものたち、歌うものたち」

吉田沙良(ヴォーカル)と角田隆太(ベース)を中心としたユニット。
スタイルはジャズだが、デビューアルバムの曲はほぼすべて、角田隆太の
作詞作曲によるオリジナル。
詞は日本語だ。

 小さな穴がどこかに空いて
 わたしの心は逃げ出した
 からっぽの体を放っておいて
 心は鳥の群れに交じった    ____「知らない空」

サザン・オールスターズが1970年代に出た頃、日本語とロックについて
色々と分析する人達がいた。
桑田佳祐は日本語をロックにのせるため、バタ臭く発音することによって、
独自のスタイルを作り上げた、云々・・・
「チャコの海岸物語」や「いとしのエリー」などが大ヒットしたのは
私が(64年生まれ)中高生の頃。
この世代の人間にとってサザンやユーミン、RCサクセションのサウンドは
今も体と耳になじんでいるものだ。

忌野清志郎が逝き、
桑田佳祐はガンから復活。
ロッド・スチュアートもガンから生還し、復帰している。
彼らの、特に復帰後の歌を聴くとき、言葉にできないものが
のどの奥に湧いてくる。
うーん。このあたりについては、また。

さて、ものんくる。世紀は変わった。
その音楽と吉田紗良の歌を聴いてると、
日本語が、当然のように、普通に、ジャズのサウンドの中で呼吸していて
「自分のスタイルを確立!」とか、
そんな努力の跡や意識が感じられない。
パワフルで、繊細。
詞の面白さに耳が遊んでいるうちに、元気が注入されてくる。

今朝、晴れた午前の空気の中で聴いた。
鳥と一緒に青へ飛んでいった。



by hatano-mutsumi | 2013-06-01 20:50 | エッセイ
2013年 05月 06日

カラダのきもち

昨日投稿した短い文は胸に大事にとっておこうと思い直し、削除。遅いか。。。


最近書いているエッセイも、ワークショップなどで口にすることも
大抵「身体」と「気持ち」のことだ。

身体が何を言っているのか、耳を傾ける。
気持ちが身体を左右する瞬間に、敏感になってみる。

身体が動こうとするのを、気持ちが邪魔してない?
気持ちはのんびりしたいのに、身体が先に固まっていないかい?

人体はミステリー。

以前、小さな子供が母親にむかって
「どうしてぼくの からだのきもち がわからないの!?」
と訴えている場面に遭遇し、
その言い回しに感動しました。

大人になると自分のカラダのきもちを無視しては、
カラダからこっぴどく説教されます。

by hatano-mutsumi | 2013-05-06 21:08 | エッセイ